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2011年05月 アーカイブ

一歩一歩が大事

「ロータリーエンジンから出てくるHCをどうやってつぶすか、にしぼられたわけです。

そこで43年秋ごろからこの研究にとりかかりました。

エンジンから出てきた排ガスを処理するには、当時はまだ信頼できる触媒はなかったから、サーマル・リアクター(熱反応器)しかない、と考えました。

サーマル・リアクターは、文献としてはボツボツありましたが、まだ実用化はされていません。

まずサーマル・リアクターの基礎的な研究から始めました。

HCは一種の可燃物で、燃えると水蒸気と炭酸ガスになります。

そこで炭化水素を摂氏800度以上の高温の部屋で空気(酸素)と反応させました。

このような高温に保つための材質、部屋の構造(設計)、大きさ、空気の量、空燃比など、当時はまだ確立されていない未知の技術を一歩一歩固めていきました。

このようにして47年の暮には見通しがつき、48年の米国環境保護局(EPA)の公聴会に持ちこんで"お墨付き"をもらったのです」

これでマツダの中古車トラックやトラックに使われるロータリーエンジンは日本国内を走れるようになりました。

燃費が悪いんじゃしょうがない

「第一次排ガス対策時は、次の"ウワバミ"(第一次石油危機)が近づいているのに気がつきませんでした。

第一次石油危機は、その年の暮に勃発したのです。

EPAの役人が『マツダの排ガス対策はいいが、今後、燃料問題が出てくる可能性があるから注意する必要がある』と示唆してくれたのが印象に残っています。

米国は当時、すでにエネルギー危機のニオイを察知していたのでしょうか。

私たちは、そのころは排ガス規制をいかに乗り切るか、だけで頭がいっぱいでした」

「ロータリーエンジンは、燃費の点ではレシプロエンジンに比べて基本的に不利ですが、排ガス対策としてサーマル・リアクターをつけたことによって、さらに不利が拡大してしまいました。

このため、48年に第一次石油危機が起った途端に、マツダのロータリーエンジン搭載車がバッタリ売れなくなり、米国で在庫が急増しました。

当時の松田恒次社長から『このままではロータリーエンジンのマツダは抹殺される。問題は、燃費をいかによくするかだが、その見通しはどうか』と聞かれました」

いくらトラックやトラック中古車に使うエンジンが改良されても燃費が悪ければ売れません。

マツダは次々にやってくる危機を一つずつ乗り越えていきます。

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