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      <title>トラックに体当たり</title>
      <link>http://wood-n-things.net/</link>
      <description>業界のはなしですよ</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2011</copyright>
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         <title>暑い？寒い？</title>
         <description><![CDATA[当然ながら、車内の温度はドライバーを基準にコントロールしなければなりません。

ただ、双方の歩み寄りという意味でも、また運転のしやすさという意味でも、ドライバーはなるべく薄着がいいでしょう。

そのかわり、キルティングや革のコートなど、防寒性の高い上着を用意し、その下はシャツ1枚か、薄いカーディガンを羽織る程度にとどめておきます。

そして走行中はコートを脱いで運転すればいいのです。

暑い寒いにかかわらず、薄着は長時間ドライブの疲労を低減させる効果があります。

一方、<a href="https://truck-ichiba.yamatolease.jp/yluc2/PTOP01010Action_doInit.action" target="_blank">中古トラック</a>の同乗者もカーディガンや膝掛けなどを用意するなど、ドライバーの体感温度に合わせる努力をしてほしいと思います。

また、外気が低ければどちらかの窓だけあけるなど、積極的な車内温度管理をおすすめします。]]></description>
         <link>http://wood-n-things.net/2011/09/post_26.html</link>
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         <pubDate>Fri, 30 Sep 2011 13:20:13 +0900</pubDate>
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         <title>運転者とその他の温度差</title>
         <description><![CDATA[冬場の<a href="https://truck-ichiba.yamatolease.jp/yluc2/PTOP01010Action_doInit.action" target="_blank">中古車トラック</a>でのドライブの場合、運転している当人は「ちょっと暑いな」と思っていても、周囲の人は寒がっていることがよくあります。

概して年配の女性に多いようですが、なにも年齢や性別だけによるものではなく、運転している人としていない人の違いでもあります。

ドライバーは運転中、緊張状態に置かれているため、同乗者より暑く感じるのが普通です。

そのため、ドライバーに合わせて車内の温度をコントロールすれば、同乗者は寒がりますし、かといって同乗者に合わせれぼ、ドライバーは暑くてしようがありません。

では、どちらに合わせるべきかはいうまでもないことで、ドライバーにとって暑さは疲労を呼び、眠気を誘い、判断力を低下させ、ひいては安全運転をするうえで大きな障害になります。]]></description>
         <link>http://wood-n-things.net/2011/09/post_25.html</link>
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         <pubDate>Thu, 08 Sep 2011 13:19:58 +0900</pubDate>
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         <title>熱い車を冷ます方法</title>
         <description><![CDATA[日陰に駐車できない無理な場合は、ボール紙でできた折畳み式の日除けをフロントウィンドウに置くのも効果的ですし、窓を2、3センチ開けておくのもいいでしょう。

これだけで、車内の温度は閉め切っていたときと比べて10度は低くなります。

また、シートやハンドルにバスタオルをかけておくと、<a href="https://truck-ichiba.yamatolease.jp/yluc2/PTOP01010Action_doInit.action" target="_blank">トラック中古車</a>に乗り込むときに熱い思いをしなくてすみます。

暑い車内に乗り込んだら、まず最初に4枚の窓、あるいはドアをすべて開け放ち、暑い空気を外に出してしまったほうが、早く車内を冷やすことができます。

一ヶ所を除いて全てドアを閉め、その開いた一ヶ所のドアをバタンバタンと思い切り開閉するのも効果があります。

このとき、開け閉めするドアの窓は開けておきましょう。

ほんの数回繰り返すだけで熱かった車内がぐっと涼しくなり、クーラーもすぐに効きます。

窓を閉め切ったままエアコンをつけても、効果はなかなか現われません。]]></description>
         <link>http://wood-n-things.net/2011/08/post_24.html</link>
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         <pubDate>Sat, 20 Aug 2011 13:19:42 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>夏のドライブは暑いよ</title>
         <description><![CDATA[直接冷風を受けやすい前席の人は、薄手の長袖シャツや、パッと羽織れるブルゾンを着るようにするのも、疲労を抑える一つの方法です。

また、空気の冷たい高原などへ行ったら、エアコンを切り、窓を開け、自然の風で涼をとることをおすすめします。

夏場のドライブに持っていくといいのは、氷を詰めたアイスボックスです。

このなかに、飲み物やおしぼりを入れておくと、いつでも冷たい飲み物を飲めるし、疲れたり眠くなったら冷たいおしぼりでリフレッシュもできます。

どこかで海産物のお土産を買ったら、鮮度を落とさずに持ち帰ることができるし、何かと役に立つことが多いでしょう。

目的地に着いて、戸外に<a href="https://truck-ichiba.yamatolease.jp/yluc2/PTOP01010Action_doInit.action" target="_blank">中古トラック</a>を停めるときは、できるだけ車内温度を低く保っておくため、なるべく日陰になっているところを選んで停めることを心がけることも大切です。]]></description>
         <link>http://wood-n-things.net/2011/08/post_23.html</link>
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         <pubDate>Tue, 09 Aug 2011 13:19:12 +0900</pubDate>
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         <title>エンジンとブレーキの改良</title>
         <description><![CDATA[まことにもっともな話で、その後の自動車の技術史の流れは、エンジンとブレーキの改良が中心となった。

当時、科学技術による人類の進歩発展は一つの信仰にまで高まろうとしていた。

そして人間を時間と距離の制約から解放してくれる自動車は、フランス革命の理想の延長線上に生まれたといってよい。

それはまさに、今の<a href="https://truck-ichiba.yamatolease.jp/yluc2/PTOP01010Action_doInit.action" target="_blank">中古車トラック</a>などの輸送にかかわる自動車の登場するきっかけとなり、物流がさらに速くなる原動力となるのである。

一九世紀のヨーロッパはきわめて特異な時代を経験していた。

そのすこし前、フランスは、それまで維対的存在と信じられていた王様を"廃棄"した(もっとも一時的ながらすぐ復活した)。

夕ーウィンの進化論(一八五九年、『種の起原』)も従来の物の考え方に強大なインパクトを与えたし、"神は死んだ"とするニーチェの主張も決して突飛なものとは受けとめらねなかった。]]></description>
         <link>http://wood-n-things.net/2011/07/post_22.html</link>
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         <pubDate>Wed, 20 Jul 2011 16:34:25 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>アンチ自動車の存在</title>
         <description><![CDATA[フランスは当時ヨーロッパ文化の中心地としての自負にあふれていた。

フランス大革命のスローガン、「自由、平等、博愛」の理想を、フランス人は大きな誇りをもって支持しようとしていた。

革命後のフランスの歴史は、たしかに進歩派の独占というわけにはいかなかった。

むしろ旧体制派もしくは王党派とのシーソーゲームの続いた感もあるが、自由と人間解放への信念は、フランス人のメンタリティの底流として力強く流れていた。

"社会派"の文豪エミール・ゾラは一九世紀の末、当時まだ危険視されていた自動車にはじめて乗った後、感想を求あられてこう答えた。

「未来は自動車のものだーそれは人間を解放するからだ」。

アンチ自動車の立場をとる質問者がその危険を未練がましく指摘すると、ゾラは言った。

それはまさに、今の<a href="https://truck-ichiba.yamatolease.jp/yluc2/PTOP01010Action_doInit.action" target="_blank">トラック中古車</a>などの輸送にかかわる自動車の登場するきっかけとなり、物流がさらに速くなる原動力となるのである。

「それならブレーキを改良すればよいでしょう」。]]></description>
         <link>http://wood-n-things.net/2011/07/post_21.html</link>
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         <pubDate>Wed, 13 Jul 2011 16:33:47 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>運転の要「駐車」</title>
         <description><![CDATA[駐車、とくに車庫入れが苦手な人は、普段の運転もあまり上手でない場合が多いようです。

逆にいえば、車庫入れの上手下手が、その人の運転技術を表わす一つのバロメーターにもなります。

車庫入れに失敗して<a href="https://truck-ichiba.yamatolease.jp/yluc2/PTOP01010Action_doInit.action" target="_blank">中古トラック</a>のボディに傷をつけてしまうのは恥ずかしいことですし、駐車場で手間取って後続車からクラクションを鳴らされたりするのも、あまりカッコいいことではありません。

自宅の車庫でも、あるいはデパートの駐車場でも、一発でスッとクルマを入れられるようになれば、同乗者のドライバーへの信頼感はグンと高まります。

ここで私のことをいいますと、職業柄、車庫入れには自信があったのですが、どうも最近、苦手になってきました。

若いころは簡単に停められたような場所でも、うまくいかないのです。

とくに暗い場所に後退で入れるとき、そういった歯がゆさを強く感じます。

その理由は、夜間視力の低下と視野の狭まりにあるようです。

若いころなら首をわずかにひねれば後方の状況をはっきりと見ることができました。

ところが、年をとり目の機能が落ちてくると、それが難しくなってくるのです。]]></description>
         <link>http://wood-n-things.net/2011/06/post_20.html</link>
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         <pubDate>Sun, 19 Jun 2011 15:53:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>上りの雪道で発信するには</title>
         <description><![CDATA[雪の積もった山道などでは、シフトチェンジがクルマを不意に滑らせるきっかけをつくることも大いに考えられます。

ですから、もし<a href="https://truck-ichiba.yamatolease.jp/yluc2/PTOP01010Action_doInit.action" target="_blank">中古車トラック</a>にホールドモードまたはスノーモードといったものがあれば、積極的に利用すべきです。

ホールドモードというのは、2速に入っていれば2速に固定され、シフトチェンジを行ないません。

そのため、予期しない不安定な動きを招く危険性がグッと減ってきます。

とくに山道の下りでは、2速ホールドにしてエンジンブレーキを使いながらゆっくり降りてくるのが安全です。

ブレーキの変わった使い方として覚えておくといいのは、滑りやすい路面での発進補助装置としての役目です。

雪の積もった上り坂で発進する場合、タイヤが空転して前に進まないことが往々にしてあります。

そんなとき、アクセルを軽くオン・オフさせながらハンドブレーキを軽く引いてやると、アクセルだけでは発進できなかった坂道でも、なんとか上っていける場合があるのです。

使う場面が頻繁にあるかどうかは別として、知識として知っておけぼ、役に立つことがあると思います。]]></description>
         <link>http://wood-n-things.net/2011/06/post_19.html</link>
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         <pubDate>Sat, 11 Jun 2011 15:52:23 +0900</pubDate>
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         <title>燃費が悪いんじゃしょうがない</title>
         <description><![CDATA[「第一次排ガス対策時は、次の"ウワバミ"(第一次石油危機)が近づいているのに気がつきませんでした。

第一次石油危機は、その年の暮に勃発したのです。

EPAの役人が『マツダの排ガス対策はいいが、今後、燃料問題が出てくる可能性があるから注意する必要がある』と示唆してくれたのが印象に残っています。

米国は当時、すでにエネルギー危機のニオイを察知していたのでしょうか。

私たちは、そのころは排ガス規制をいかに乗り切るか、だけで頭がいっぱいでした」

「ロータリーエンジンは、燃費の点ではレシプロエンジンに比べて基本的に不利ですが、排ガス対策としてサーマル・リアクターをつけたことによって、さらに不利が拡大してしまいました。

このため、48年に第一次石油危機が起った途端に、マツダのロータリーエンジン搭載車がバッタリ売れなくなり、米国で在庫が急増しました。

当時の松田恒次社長から『このままではロータリーエンジンのマツダは抹殺される。問題は、燃費をいかによくするかだが、その見通しはどうか』と聞かれました」

いくらトラックや<a href="http://www.yamatolease.co.jp/truck-ichiba/index.html" target="_blank">トラック中古車</a>に使うエンジンが改良されても燃費が悪ければ売れません。

マツダは次々にやってくる危機を一つずつ乗り越えていきます。]]></description>
         <link>http://wood-n-things.net/2011/05/post_18.html</link>
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         <pubDate>Fri, 27 May 2011 13:27:13 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>一歩一歩が大事</title>
         <description><![CDATA[「ロータリーエンジンから出てくるHCをどうやってつぶすか、にしぼられたわけです。

そこで43年秋ごろからこの研究にとりかかりました。

エンジンから出てきた排ガスを処理するには、当時はまだ信頼できる触媒はなかったから、サーマル・リアクター(熱反応器)しかない、と考えました。

サーマル・リアクターは、文献としてはボツボツありましたが、まだ実用化はされていません。

まずサーマル・リアクターの基礎的な研究から始めました。

HCは一種の可燃物で、燃えると水蒸気と炭酸ガスになります。

そこで炭化水素を摂氏800度以上の高温の部屋で空気(酸素)と反応させました。

このような高温に保つための材質、部屋の構造(設計)、大きさ、空気の量、空燃比など、当時はまだ確立されていない未知の技術を一歩一歩固めていきました。

このようにして47年の暮には見通しがつき、48年の米国環境保護局(EPA)の公聴会に持ちこんで"お墨付き"をもらったのです」

これでマツダの<a href="http://www.yamatolease.co.jp/truck-ichiba/index.html" target="_blank">中古車トラック</a>やトラックに使われるロータリーエンジンは日本国内を走れるようになりました。
]]></description>
         <link>http://wood-n-things.net/2011/05/post_17.html</link>
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         <pubDate>Sat, 07 May 2011 13:26:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ロータリーエンジンの苦悩</title>
         <description><![CDATA[「昭和43年ごろ、まず排ガスの正体を調べることから始めました。

排ガスの中には炭酸ガス(CO)、炭化水素(HC)、窒素酸化物(NO)などが含まれています。

このうちCOは主として空気と燃料との混合比(空燃比)によって支配され、エンジンの形状とは関係ありません。

エンジンの形状や条件によって増減するのはHCとNOです。

ところが最初のうちはNOはあまり問題にならなかったのです。

つまり従来のレシプロエンジンに比べてロータリーエンジンの排ガスが米国の雑誌などで批判されたのは、HCのことだ、ということがわかりました」

マツダはこのHCを減らす努力をします。

その甲斐あって乗用車から<a href="http://www.yamatolease.co.jp/truck-ichiba/index.html" target="_blank">トラック中古車</a>に使われるロータリーエンジンすべてでマスキー法をクリアしました。]]></description>
         <link>http://wood-n-things.net/2011/04/post_16.html</link>
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         <pubDate>Thu, 28 Apr 2011 13:24:55 +0900</pubDate>
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         <title>博物館行き？</title>
         <description><![CDATA[「ところがその翌年だったと思います。

日本のある自動車専門誌に、日本の某自動車メーカーの技術者が『ロータリーエンジンは排ガスに問題がある。米国のカリフォルニア州でスモッグが問題になっているが、これは近く米国全土から世界中に広がる大問題だ。その時にロータリーエンジンは命脈が尽きる。ただ、博物館に展示するくらいの価値はあるだろう』という一文を書きました。

これを読み、先のハイデカンプ社長の話を思い出して、私は『早急に排ガスの解決手段を考えないと危ない』と感じました。

排ガスは日本でも近く大きな社会問題になりそうだ。

ただでさえロータリーエンジンはレシプロエンジン全盛の中で"異端児"扱いされており、常に抹殺される危険性があったのです。

そこへ排ガスの問題が新しく出てきて『ロータリーエンジンは米国を走ることはないだろう』とか『博物館に置く価値はある』などといわれ始めた。

これらの言葉が、私の技術者としての意地を著しく刺激したのです。

なにくそ、抹殺されてたまるものか、と思いましたね」

この反骨精神でマツダはロータリーエンジンの改良に挑み、マスキー法を乗り切ります。

今の車は自家用車から<a href="http://www.yamatolease.co.jp/truck-ichiba/index.html" target="_blank">中古車トラック</a>まですべて規制をクリアした車ですよ。
]]></description>
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         <pubDate>Mon, 11 Apr 2011 13:24:35 +0900</pubDate>
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         <title>&quot;国民車&quot;第一号</title>
         <description><![CDATA[通産省の国民車構想から3年たった昭和33年3月3日、富士重工業は大人4人乗りの軽自動車『スバル360』を発表した。

値段は東京渡しで42万5,000円だった。

通産省の国民車構想による価格25万円に比べるとかなり高い。

しかし当時の乗用車としては破格に安く、一応"国民車"第一号として注目された。

当時はバスやタクシーなどの共用交通機関か、トラックや<a href="http://www.yamatolease.co.jp/truck-ichiba/index.html" target="_blank">中古トラック</a>などの非乗用車しかなかったのだ。

主な仕様は次の通り。

全長1メートル99センチ、幅1メートル38センチ、重量385キロ、空冷式二気筒、総排気量356㏄、最高出力16馬力、燃費1リットル当たり26キロメートル、最高時速83キロメートル。

3月4日付の朝日新聞は「国民車市販第一号」という見出しで次のように報じた(大要)。

「値段や最高時速は通産省の国民車構想とかなり開いてはいるが、ともかく"国民車"と名乗るものの市販第一号である。

富士重工では『スクーターにはあきたらず、小型自動車は待ち切れない、という所得層をねらって、1年後の月産を500台におく』といっている」

しかし実際には売れ行きはすばらしかった。

富士重工によれば、翌34年は年産約5900台とほぼ予想通りだったが、35年には約1万5,500台と3倍近くに伸び、9年後の42年5月には累計50万台を超え、国産同一車種生産台数の当時の新記録を達成した。]]></description>
         <link>http://wood-n-things.net/2011/03/post_14.html</link>
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         <pubDate>Wed, 23 Mar 2011 11:23:20 +0900</pubDate>
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         <title>自分の車「国民車」</title>
         <description><![CDATA[昭和30年に通産省が策定した国民車構想は、それ自体は実らなかったものの、その後の乗用車の大衆化への幕開けの役割をつとめた、といえよう。

戦後の日本の自動車工業は、昭和30年に登場したトヨタ自動車工業(当時)のクラウンが一つの時代を画した、といわれている。

たしかにクラウンは戦後10年での日本の自動車工業の技術水準の高さを示すものである。

しかし用途はタクシーや法人用で、当初の価格は101万4,860円と大衆にはとても手の届かない"高根の花"だった(当時の大卒の初任給は約1万円)。

だからクラウンの登場は社会的に見た場合、せいぜい産業界、あるいは交通機関にとっての問題に過ぎない、といってもよい。

タクシーも法人用の自動車も戦前からあった。

ただ外車が国産車に代わっただけである。

これに比べ、国民車構想は、価格を25万円程度にし、とにかく一般大衆が所有できるようにしよう、というのだから、クラウンの登場とは全く社会的意味が違う。

タクシーのように一種の公共的交通機関、トラックや<a href="http://www.yamatolease.co.jp/truck-ichiba/index.html" target="_blank">中古車トラック</a>の業務用車としてあるのではなく、"自分のクルマ"を持つとなると、持った人間の個人的感情や人生観、家庭生活まで激変する。

事実、昭和40年以降に巻き起ったモータリゼーションの大波は、日本の社会構造や個人の生活様式をよくも悪くも大幅に変えた。

国民車構想は、結局、その時点では実現しなかったが、長い目で見た場合は卓見といえる。]]></description>
         <link>http://wood-n-things.net/2011/03/post_13.html</link>
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         <pubDate>Tue, 01 Mar 2011 11:22:50 +0900</pubDate>
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         <title>ガソリン車第一号</title>
         <description><![CDATA[蒸気自動車の国産第一号は山羽虎夫によって製作されたが、ガソリン自動車の国産第一号は、それより3年後の1907年(明治40年)に、東京・銀座の双輪商会の吉田真太郎と内山駒之助が作ったタクリー号だ、とされている。

吉田は明治35年に米国から自動車用のガソリンエンジンを2個持ち帰り、日本で最初の自動車販売店である双輪商会を作った。

さらに自動車の製造を思い立ち、内山と共に東京・木挽町に東京自動車製作所を設立した。

内山は技術的な才能にすぐれ、14歳の時に船や機械の技術を覚えるためにロシア領のウラジオストックに渡って、ある機械工場に雇われた。

そこに1台の自動車があり、その修理などを手伝いながら自動車の構造や運転を覚えた、という。

明治20年代の末ごろのことである。

いわば吉田は日本で初めての自動車販売、製造会社の経営者であり、内山は日本で初めての自動車の技術者だったといえよう。

この二人が今の<a href="http://www.yamatolease.co.jp/truck-ichiba/index.html" target="_blank">中古トラック</a>にまで受け継がれる大業を成したのだ。]]></description>
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         <pubDate>Sat, 26 Feb 2011 19:44:00 +0900</pubDate>
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